渡辺千賀さんの「海外で勉強して働こう」のエントリを読んで

海外で勉強して働こう - On/Off and Beyond

これまでずっとなるべく言わないようにしていたのだが、もう平たく/明快に言うことにしました。
1)日本はもう立ち直れないと思う。
だから、
2)海外で勉強してそのまま海外で働く道を真剣に考えてみて欲しい。

思考を重ねたあげくにこういう結論になってしまったからには、それをはっきり言い切った勇気はすばらしいと思います。日本にはもっとこういう「敢えて空気を読まない人」が必要でしょう。

で、日本は本当に立ち直れないんでしょうか?
個人を見ると、こんなにたくさんすごい人たちのそろってる国がそう簡単に立ち直れなくなるんだろうか、と思うし、集団として見ると、なんだかずっと壮大に空回りしててこのままじゃまずいんじゃないか、という感じがする。総合すると結局どうなるのかよくわからない、というのが正直なところ。

海外に出よう、ということについては思うところがある。僕は日本を出て、こちらでの働き方や文化が分かってくるにつれて、初めて日本というものを外から客観的に、いいところも悪いところも冷めた目で見ることができるようになったという感覚がある。そのころはなんだか赤い錠剤を飲んで、マトリックスの外に流されて出てきたような気分がしていた。文化というものは空気のようにあまりにも自然にそこにあるので、生まれ育った文化圏から出ることがなかったら、その存在にすら気づかない。異文化を知って、比較対象を持って初めて、日本文化について考えるベースができる。だから留学や、海外で仕事をする、という選択肢のある人は是非やってみてほしいと思う。その中の何割かの人はまた日本に帰っていくだろうから、そうやって異文化経験を持つ人が日本の中に増えれば、日本もだいぶ風通しがよくなるに違いないと思う。

で、海外で仕事をする、という経験を持ってみて、僕が今の日本の文化について感じることの一つが、「マジョリティー、既得権層に異常に有利なルールになっている」ということ。
例えば、敬語の有無とか結構影響力がある。敬語を使う関係だと言いいにくかったけど、そうじゃなければ言えるようなことがあったりする。使う言葉は人間の心理に想像以上に影響しているというのを実感している。だから、一年入社が早いとかで言葉が敬語になっちゃったりしてると、 ボトムアップな変革は難しくなるよな、と思う。きっとジャニーズみたいに先輩でも○○君、とかのほうがお互い言いたいこと言える雰囲気にはなるんだろう。まあ普通の会社じゃ、いきなりそんなのできないと思うけど。
あとは職場の人間関係の間合いの近さ。しょっちゅう飲み会があって、仲がいいのはいいけれど、代わりに自分の時間を取って何かしようとしたり、マジョリティーから外れたことをしようとすると、味わうことになる疎外感も大きい。
文化の特性として、トップダウンで何かするには強いけれど、個の力を活かすには弱い、そんな感じ。今の状況では、特に僕の知ってるIT関連の仕事では、これは有利よりも不利に働くと思う。
日本の文化のそのへんが、唯一正しいやり方じゃなくって、ただのローカルルールだってことを体で知ってればそれだけでだいぶ違うんじゃないだろうか。

こういう話をすると、「なんだ、このアメリカかぶれが!」とか思われるのかもしれない。僕も海外留学から帰ってきた人とかに「アメリカではさあ」とかいって日本を否定されると、そういう反感を感じることもあったし。でも、そのへんちょっと予防線を張っておくと、僕は「アメリカ流の考え方が正しい。日本の考え方が間違ってる。」なんてことは全然思ってない。むしろ文化なんてものにどっちが正しいとか間違ってるなんて、ない、と思っている。単に違う、というだけ。例えば、「日本はレディーファーストが浸透してないからアメリカより遅れてる。」なんて議論を聞くと、それは日本文化を唯一と信じていたのが、アメリカ文化に入れ替わっただけの考え方で、せっかく二つの文化を知ってるのに善悪中毒から抜け出せてないな、と思う。
ただ、国際的に仕事で競争するにあたって、今のルールでどっちが有利かという話はそれとは別。

風通しの良い文化作りということでは、海外に出てみる、というのもそうだけど、ブログを書くというのも重要かもしれない。こんな誰も読まないようなブログしか書けない僕が言うのもなんだけど、強力なブログを築き上げれば一個人が既得権層の頭越しにシャウトできるんだから、権力構造変わりますよね。僕もまあ細々やっていこうかな。